確かに、トークはお笑い芸人さんっぽい感じがしますね…w
でもこの曲は僕に取って凄く思い入れのある曲なんです。
「壊れかけのRadio」は徳永さんファンの方にとっても大切な代表曲。
1990年7月7日(七夕)にリリース、当時13歳。中学1年の夏でした。
その年の夏休みは1ヶ月間アメリカにホームステイしていたんです。
当時CD発売の情報源はCDショップのポスターしか知らずに、アメリカに
持っていったウォークマンのカセットには前回リリースのシングルの
「夢を信じて・ラバーズ」だけwしか入れられず(アルバムは超高価な代物
だったので貧乏中学生の僕には買えなかった)なわけで…リリース前に
ラジオでちょこっとだけ聞いた「壊れ〜かけの〜レディオ〜♪」部分のフレーズ
しか知らず、アメリカにいた1ヶ月間、延々と
「壊れ〜かけの〜レディオ〜♪」どんな曲なんだろう…
とそのフレーズだけをワシントンの街で口ずさんでいました。
時には自分で、勝手にメロディをつなげていましたw
「夢を〜しんじ〜て〜壊れ〜かけの〜レディオ〜♪」w
「果てしない〜おおぞ〜らに〜壊れ〜かけの〜レディオ〜♪」などw
帰国してそのままCDショップへ行き8㎝シングルを1ヶ月遅れで購入。
聞きたくて、聞きたくて、聞きたくて…でもアメリカだからどうしようもなくて、
死ぬ程聞きたかった曲が壊れかけのRadioだったのです。
聞くや否や、どうしてこんなに心に響くんだろう…とぶわ〜〜〜と涙が溢れ出し、
「徳永英明さんって凄い!」と自分の中の永久不滅のアーティストになりました。
帰国したその秋ちょうど今頃、アルバム ジャスティスがリリースされました。(1990年10月9日)
アメリカで使わなかった小遣いで、ジャスティスを購入!生まれて初めて買った
アルバムでした。ドロを塗りたくった徳永さんのジャケットを見て「え?は?む?」
なんかすげ〜!と感じながらも、中の写真を見たら、外人さんたちと写っている
ショットを見て、「徳さんもアメリカにいたんじゃん!」と、何故か自分で納得w
壊れかけのRadio
この曲を聴くと、22年前のアメリカの街並みが頭の中に蘇ってきます。
きっとみなさんにも、その曲にまつわるエピソードがありますよね!